しかし,下方に剥離しすぎると大量の出血が起こるリスクがあるとしても,
そのリスクにつき,原告の左乳房と右乳房とで有意な差があることを窺わせる
ような事情は見当たらないから,左乳房について,少なくとも右乳房と同程度
の剥離範囲を確保することができたというべきであり,他にこれを覆すに足り
る証拠はない。
このこと及び前記前提事実(2)(医学的知見)ウによれば,本件執刀医は,
左乳房にバッグを挿入するに際し,少なくとも右乳房と同程度の剥離範囲を確
保すべき義務があったというべきであり,本件執刀医がこれに違反したことは
明らかである。
5 原告は,被告において,腋下の切開によりどのような傷あとが残るかについ
て十分説明すべき義務があったが,これを怠った旨主張し,この義務違反がな
ければ,本件手術を受けることはなく,左腋下に傷あとが残ることもなかった
と主張する。
しかし,腋下切開の方法は,傷あとという観点からは,乳房に傷あとを残さ
ないという利点があること,原告の主張する左腋下の傷あとは,その主張によ
っても5cmないし6cmであって,腋下切開の切開の長さとして著しく長い
ともいえないし,その修復術も可能である(現に,原告は,リッツ美容外科に
おいて修復術を受けた)ことか。
らすると,原告が被告から傷あとについて十
分説明を受けていれば本件手術を受けなかった蓋然性が高いとまではいえず,
他に,その蓋然性を肯定すべき事情を認めるに足りる証拠もないから,原告主
張の義務違反と結果との間の因果関係は認められない。
6 原告は,本件手術においてバッグの挿入位置が異常であったため,神経が圧
迫されて,胸,肩,腋や腕の付け根等に断続的な痛みを感じた旨を主張する。
原告においては,上記1(1)の認定事実のとおり,体動時に痛みがあること
(11月15日,座位だと楽で) あるが,横になると息苦しく,痛みも強く,
腕が上がらないこと(11月17日),痛みで目が覚めてしまうこと(12月
3日),両脇の傷と左乳房が痛むこと(12月27日)を訴え,少なくとも1
2月3日ころまでは内出血が起きていたのであるから,胸,腋,腕の付け根等
に痛みを生じていたことが窺われる。
しかし,大胸筋下法による手術において,バッグを正常位置に入れた場合に,
上記のような疼痛が生じなかった蓋然性が高いことを認めるに足りる証拠はな
く,上記4の義務違反との因果関係は認められない。
7 本件執刀医の上記4の義務違反は民法709条の不法行為を構成するもので
あるところ,被告は,本件執刀医が被告である場合には同法709条に基づき,
本件執刀医がCである場合には,それが被告の事業の執行について行われたも
のであることは明らかであるから,同法715条1項に基づき,いずれにせよ,
本件結果により生じた次項の損害を賠償すべき責任を負う。
8 損害
(1) 治療費90万円
本件結果が生じたことにより,本件手術は無駄に帰し,再手術が必要にな
ったのであるから,本件手術の代金90万円に相当する額の損害を受けたと
いえる。
なお,再手術においては157万5000円の費用を要した(甲C4)と
ころ,原告は,そのうちバッグ取り出し費用31万5000円も損害として
主張するのであるが,仮に本件手術を受けずに直ちにリッツ美容外科での手
術を受けていたとしても,前回手術によって挿入されたバッグを取り出す必
要があったのであるから,上記費用は,本件手術が無駄に帰したことによっ
て新たに生じたものであるとはいえない。
(2) 慰謝料50万円
本件に顕れた諸般の事情を総合すると,本件結果により原告の被った精神
的苦痛に対する慰謝料は50万円と認めるのが相当である。
(3) 弁護士費用20万円
本件不法行為と相当因果関係ある弁護士費用損害金は,本件訴訟の難易,
請求認容額等に鑑みて20万円と認めるのが相当である。
(4) 原告は,?被告医院以外の病院で診療を受けたことによる治療費815
0円,?再手術にかかる宿泊交通費2万3080円,疼痛による休業損害
32万円をも主張しているが,本件結果との相当因果
関係を認めるに足りる証拠はなく,上記6のとおり,上記4
の義務違反と疼痛との間の因果関係が認められない。
(5) 以上の損害の合計は160万円である(債務不履行と捉えても,これを
超える損害は認められない。)。